Thursday, December 15, 2016

「日本の大手銀行:人権侵害と環境破壊に配慮し、DAPLへの資金提供を打ち切ってください!」に関するお願い Petition endorsement: Japanese Big Banks: Stop funding human and environmental rights abuses at DAPL now!




PDFはこちらです

「日本の大手銀行に対するダコタ・アクセス・パイプライン(DAPL)への融資撤回要請」
に関するお願い

イランカラプテ

 日本のアオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム代表の島田あけみと申します。先住民アイヌとして、自分たちの土地、人々、聖地、そして環境を守るために「ダコタ・アクセス・パイプライン」(DAPL)に対する反対運動に取り組んでいる先住民の兄弟姉妹たちへの連帯を皆さんに呼びかけます。

三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3社が15億ドル(1704億円)の投資をDAPLに行っていることがわかっています。DAPL建設計画の当初からスタンディングロック・スー族はこの計画に反対していました。それにも関わらず、DAPLは、条約で守られているはずの彼らの土地を通るルートで計画され、彼らにとっての唯一の水源と聖地を汚染の危機に晒しています。それだけでなく、このパイプラインはノースダコタ州からイリノイ州にかけて4つの州にまたがり、数百もの水脈を横切るため、1700万人への水の供給が脅かされます。

DAPLへの抗議運動に参加している、AIM(アメリカインディアン運動)の創始者デニス・バンクスさんはDAPLについて、こう言っています。「私たちは山の一部です。私たちは海の一部です。私たちは川の一部です。私たちは花や草や木の一部です。こうしたものすべてが私たちの一部なのです。だから、連中が環境を脅かすときには、それがどこであろうと、彼らはあなたという存在を脅かしているのです。」この言葉は、自然は誰のものでもなく、すべてを生かし、育んでくれるというアイヌの考え方と重なり合っています。こうした叡智を私たちに残してくれた先祖のためにも、私はアメリカ先住民のDAPL抗議運動と連帯したいと思います。

 先祖によっていまを生かされている一人のアイヌとして、上記の銀行に対し、DAPLへの資金提供を直ちに打ち切るよう求める署名に協力して下さるようお願いいたします。

https://www.change.org/japan-stands-with-standing-rock

2016年12月15日

アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム
 実行委員会 代表 島田あけみ

PDF  here!https://drive.google.com/open?id=0B7viNZeP5hZMSjBCVTY1RllFM1E

Petition endorsement: Japanese Big Banks: Stop funding human and environmental rights abuses at DAPL now!

December 15, 2016

Irankarapte.
My name is Akemi Shimada and I am the chair of the Aotearoa Ainumosir Exchange Program. As an indigenous Ainu, I ask you to join us in solidarity with our indigenous brothers and sisters opposing the construction of the Dakota Access Pipeline (DAPL) in defense of their land, people, sacred sites, and environment.

We have learned that three Japanese banks, Mizuho Bank, Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ Bank, and Sumitomo Mitsui Financial Group are crucial stakeholders, contributing 1.5 billion US dollars in funds for this project. In spite of vehement opposition by the Standing Rock Sioux Tribe since the plan’s inception, DAPL is to be constructed through their unceded traditional lands, threatening the Tribe’s sole water source and sacred sites. Crossing four states and hundreds of waterways between North Dakota and Illinois, the pipeline also poses a risk to the safety of the water supply of some 17 million people.

Co-founder of the American Indian Movement (AIM), Dennis Banks, who is actively participating in the protests against DAPL stated: “We are part mountain. We are part ocean. We are part river. We are part flower, and grass, and tree. All of this, we are part of all of it, so that when they threaten the environment anyplace, they’re threatening you.” These words resonate and find commonality with the Ainu ways of thinking: nature is not something to be possessed, rather it gives life and allows us to grow. With the words of wisdom of our Ainu ancestors in mind, I would like to express my solidarity with the Native American movement against DAPL.

As one Ainu who owes her way of life to what our ancestors have carefully safeguarded for us, I ask for your cooperation. Please sign this petition and urge the above institutions to withdraw their investment in DAPL immediately.

https://www.change.org/p/japanese-big-banks-divest-from-dapl-now

Akemi Shimada
Aotearoa Ainumosir Exchange Program, Chair

Tuesday, June 14, 2016

Thursday, September 24, 2015

シャクシャイン法要祭


23日は、静内で行われた第69回シャクシャイン法要祭に参加しました。
午前はシャクシャイン記念館内で行われたカムイノミにベンサムさん、ケイトさん、島田代表が参加しました。マオリゲストのお二人は島田代表が送られたアイヌの着物をまとい、小山さんが贈られたマタンプシと手甲をつけてカムイノミに参加し祈りを共に捧げました。




午後からは、シャクシャイン像前にて来賓と共にカムイノミが行われました。ベンサムさんとケイトさんもAMOの来賓として参加しました。島田代表は首都圏にアイヌの場所を作るためのチャシ・アンカラの会代表としても参加しました。




ベンサムさんは、ケイトさんとともに来賓として最後にスピーチを行いました。

ベンサムさんは世界の先住民の一人としてその場に集っているアイヌのリーダー達とすべての人々に向けて挨拶をされました。シャクシャインというリーダーはマオリの国にもいることに触れ、シャクシャインへ祝福を述べました。

また、ニュージーランドの植民地化の歴史を語り、平和の名の下でマオリのアオテアロアへイギリスの人々がやってきたこと、それによって様々な喪失を経験したこと、しかし20年程前に謝罪を契機に前に進むことができたこと、その瞬間から「許す」ということが始まったことを語りました。今では和解のプロセスが進んでおり、前向きな動きが起きていることを指摘し、ニュージーランド人としてマオリ文化を紹介するような状況が生まれてきているとお話されました。

ベンサムさんは、スピーチの最後に「アイヌにとって良いことは世界にとっても良いことです」と話され、シャクシャインへ祝福を込めて渾身のハカを披露されました。敵に追われ、「私は死ぬ、私は死ぬ!」と思ったマオリのリーダーが、ある村の女性にかくまわれて命を救われ「私は生きる、私は生きる!」と叫びながら太陽に向かって生きる力に満ち溢れるストーリーを持つハカの踊りは、ベンサムさんからの民族の生き残りをかけて立ち上がったシャクシャインと現代を生きるアイヌ民族への、同じ先住民族からの力強いメッセージでした。


鮭の美味しいお昼ご飯を、島田代表のお兄さんの千吉さんとご一緒しました。千吉さんは私たち一行を心から歓迎してくださり、マオリゲストのお二人に会えたことを心から喜んでくださいました。

午後からは、ハルランナ(餅まき)が行われました。その場に居合わせた人たちが楽しくまかれた餅を拾い合い、人間が楽しければ楽しいほどカムイが喜んでくれるというものだそうです。

その後は再び記念館内でカムイノミが行われ、そののち、先祖供養のイチャルパが記念館横に設けられたヌサ(祭壇)の前で行われました。女性が参加するイチャルパに、島田代表を始めとして首都圏から法要祭に駆けつけたみなさんも共に先祖へ祈りを捧げました。


イチャルパが終わると、記念館前の原っぱで歌と踊りのアイヌ文化交流会が始まりました。平取、襟、新冠、札幌、鵡川、苫小牧、白老、様似、帯広、三石、浦河、阿寒、静内となんと総勢14組もの団体が各地から駆けつけてそれぞれの地方に伝わる歌や踊りを披露しました。観ていた参加者からは、うちの地域とは歌い方が違うね〜などの声が聞こえ、アイヌ民族の多様性が溢れる交流会でした。マオリゲストのお二人も飛び込みで歌を披露し拍手喝采を浴びました。最後にはすべての参加者が輪を作って踊るポロ・リムセが行われたくさんの人で本当に大きな輪が二重になってできあがりました。





その後は、記念館内で懇親交流会が開かれ、各地の人々が飲んだり食べたりしながらにぎやかに談笑しました。

歴史が長く、非常に大きな規模の先祖を供養しアイヌ文化を楽しむ集まりに参加できてとてもよい経験となりました。マオリゲストのお二人も、様々な地域のアイヌに出会い、お話しすることができたことをとても喜んでくださいました。

今まで回った各地でお会いした人々もたくさん参加されていたので、再会も喜ぶことができました。

私たち一行を迎えてくださったシャクシャイン法要祭実行委員会委員長大川勝さんと関係者のみなさま、ありがとうございました。マオリゲストと共に参加できたことは非常に貴重な経験となりプログラムをより充実したものとしてくださいました。ここに感謝いたします。
また、私たち一行を歓迎してくださった千吉さんにも感謝をおくりたいと思います。

次の日は北海道での行程を終え、東京へと移動します。
この10日間の旅も終わりにさしかかっていますが、一人でも多くの方にお会いし、言葉を交わし、最後まで充実したプログラムとなるよう明日からも旅を続けます。



東京では25日18:30からマオリゲストの最後の講演会が明治大学にて行われます。今まで2度ともに大成功をおさめ、参加者に良いインパクトを与えてきたマオリゲストお二人の公演を聞きに、どなた様もふるってご参加ください。



Wednesday, September 23, 2015

平取アイヌ文化保存会との交流会

22日の夜は平取アイヌ文化保存会の方たちと交流会をアオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム主催で行いました。当日は40名を超える保存会の方々や二風谷の方が集まってくださり、マオリゲストのお二人と話をしたり、歌と踊りの交流をおこないました。


島田代表の挨拶から始まり、軽食をいただきながらベンサムさんが各テーブルを回り色々な世代の保存会のメンバーの方々と様々なお話をされ、交流しました。今日の途中で二風谷まで足を運んでくれた2013年のプログラム参加者で白老の担い手研修生の一人、木幡弘文さんも共に参加してケイトさんとお話ができました。

ベンサムさんとお話する萱野れい子さん(萱野志朗実行委員のお母さん)

しばらく歓談を楽しんだのち、平取アイヌ文化保存会のメンバーの方がアイヌの歌と踊りのパフォーマンスを贅沢に披露してくださいました。ベンサムさんとケイトさんも非常に興味深そうに保存会のみなさんのパフォーマンスに見入っていました。各歌・踊りの解説は貝沢耕一さんがしてくださいました。保存会のみなさんは、始めに沙流地方に伝わるウポポ(歌:ウコウクという歌い方で同じフレーズを順番にずらしながら輪唱する方法)を披露してくださいました。

大人のアイヌ語教室講師でもある保存会の歌い手の一人、木幡サチ子さん



エムシ・リムセ(剣の舞)

また、男性による踊り、エムシ・リムセも披露されました。大地を踏み鳴らし刀を鳴らし合うとても印象的な舞でした。特に、刀を抜いたときに女性たちによる歌の調子が変化したあと緊張感が高まって、すばらしい見応えでした。





ベンサムさんとケイトさんからは歌のお返しと、ハカと女性のワイアタ(歌)を教えていただきみんなで歌い踊りました。




最後に全員で踊ったハカでは、ベンサムさんの魂が燃え盛るような見事なハカを見せていただき、拍手喝采となりました。


ベンサムさんに教わりながらハカを練習する保存会の男性陣

交流会の最後には、北海道アイヌ協会平取支部理事・平取町二風谷アイヌ語教室運営委員長の川奈野一信さんによるレプニ(拍子棒)を使ったユカラが披露されました。平取のエカシである川奈野さんの優しい語りの歌声が会場に響きました。


結びの挨拶は、平取アイヌ文化保存会理事の木幡サチ子さんに頂きました。


大変充実した交流をさせていただき、平取アイヌ文化保存会のみなさんと当日足をお運びいただいたすべての方に感謝いたします。ありがとうございました。片付けもみなさんに協力していただきました。二風谷での充実した時間を過ごすことができたのは、みなさんの歓迎と尽力のおかげです。二日間私たち一行を受け入れて様々な交流を実現してくださりありがとうございました。お互いにすばらしい学びが得られたと信じています。

翌日は北海道での最後のイベントとして、シャクシャイン法要祭に参加します。

二風谷、伝承の地をめぐるツアー

続いて、二風谷伝承の地を巡るガイドツアーを萱野志朗実行委員が率いて行いました。

まず、大人のアイヌ語教室が開かれている二風谷子ども図書館を訪れて萱野さんのお話を聞きました。この施設は、1982年に萱野茂さんが私費で建てた私立の図書館であり自由に学べる場所です。当初は子どものアイヌ語教室としてスタートしましたが、その後1987年から大人のアイヌ語教室が始まりました。施設内には二風谷小学校から寄付された本がたくさん並んでいました。萱野さんは、ここに来ると耳がすーっとして言葉が入ってくるような気がする、と語りました。


次に、一行はアイヌ民族等の本部事務所が置いてある生活感へと移動しました。



 中には、アイヌ民族党が結成された時にマオリ党議員のテ・ウルロア・フラヴェルさんから送られたマオリのタイアハ(槍)とマオリ党の旗が掲げられていました。その下で、アイヌ民族の政治的状況や、政党を作ることの課題など政治的な話し合いと意見交換が交わされました。


アイヌ民族党結党大会のポスターでエンブレムの説明をする萱野さん


次に、一行は二風谷ダム駐車場へ向かいました。
まず、そこから対岸の山に見えるウカエロシキ・ペウレオッカ(熊の姿岩)について萱野さんが解説しました。人間に生き方を教えたと伝えられるオキクルミの矢から逃れようとした熊の親子が岩に姿を変えられたという物語を萱野さんからお聞きしました。


1998年から運用されている二風谷ダムは、それまで波乱に満ちた行程を経て現在ダムとして使われています。1978年に北海道開発局が二風谷ダムの建設を発表して以来、アイヌ文化にとってとても重要な土地がダムに沈んでしまうため、土地収用を巡って長期の交渉が行われました。特に萱野茂氏と貝沢正氏の両名は最後までダム建設に反対し、補償金などの受け取り・交渉を断ってきました。しかし結局1987年に国側は説得を断念して強制的に土地を収用することを決定してしまいます。強制収用差し止めの訴えも建設大臣に受け入れられず、土地は収用が決まってしまいます。そこで、萱野・貝沢両名は北海道収用委員会を相手に訴訟を起こしました。

1997年3月27日に出た判決では、訴えは棄却されてしまいました。理由は、二風谷ダムの建設は違法ではあるけれど、すでに700億円もの費用をかけて建設を進めてしまったので社会的損失が大きすぎるため取り壊すことはできない、というものでした。しかし、萱野さんは大きな前進が2点あったと言います。

一つ目は、裁判所が、文化と風習が色濃く残っているので、北海道のアイヌ民族は先住民族と言える、と司法の場で明言したことです。これは、まだ国会決議で先住民族であることが政治の場で求められる前の話でしたので、画期的だったと言えます。

二つ目は、訴訟費用を国と収用委員会が払いなさい、と裁判所が言ったということです。本来は裁判にかかった費用は負けた側が負担します。しかし、この裁判では、裁判所が理由をかんがみて費用の負担を国側に請求したという意味で重要であったと萱野さんは説明しました。


また、奇遇なことに、この日はちょうど上流にて、次のダム建設に関して昔からの土地を壊さなければならないことに対してカムイや先祖に謝るためのカムイノミが行われた日でした。二風谷ダムの歴史は、決して過去のはなしではないことと、現在もアイヌ民族の人々が同じような問題に直面し苦悩していることの証明でした。

萱野さんは、もともと沙流川は流れが速い川であったことはアイヌはよくわかっていたが、そこにダムを建設してしまったので、いろいろな物が流れてきてヘドロが滞留してしまい、結局せっかく作ったダムの貯水量も年々減ってきていることを指摘しました。さらに、滞留物などで光がさえぎられ、プランクトンが死滅すると水がどんどん濁っていくということも説明しました。

様々な問題を現在も抱え続ける二風谷ダムをマオリゲストのお二人は静かに眺めて話を聞いていました。

続いて、ペンケトゥコム(上流のくるぶし山)とパンケトィコム(下流のくるぶし山)を見に行きました。また、ペンケピラウトルとペンケピラウトルという二つの崖に挟まれた地を見に行き、平取町という名前の由来がその二つの間という意味から成ったことを学びました。そしてユクチカウシ(鹿を落とすところ)が見えるところから、昔アイヌが鹿をそこに追い詰めて崖から落とし、捕まえていたというお話を聞きました。

最後に、沙流川のシャケ捕獲場にも足を運びました。
ここでも、二風谷ダムの影響を学びました。鮭は川の流れによって方向を知るため、ダムの手前の部分で流れがなくなってしまうことから、どっちに行ったら良いのかわからなくなってしまう問題があることを聞きました。また、段差によって登れない鮭もいるので、今では小さな川の方へ鮭を誘導して捕っていることを学びました。ケイトさんは、鮭が自然に帰ってくる姿を見れないことは悲しいことだと話していました。



旅の最後には、萱野さんが定期的に行っているラジオ番組放送用のインタビュー収録を行いました。マオリの経験やAMOの経験などが話され、またラジオという形で一人でも多くの人にベンサムさん、ケイトさんの声が届くことを願います。


夜には、平取アイヌ文化保存会の人々とともに、交流会を開き充実した時間を過ごしました。

萱野茂 二風谷アイヌ資料館



22日は、萱野志朗実行委員による、萱野茂 二風谷アイヌ資料館等の施設と二風谷伝承の地を巡るツアーを行いました。




萱野さんによる二風谷アイヌ資料館の解説は、入り口に掲示してある萱野家の家系図から始まりました。それにより、萱野さんの先祖は貝沢家につながることが説明されました。口承により10代前ぐらい前まで伝わっているそうですが、掲示には5世代ほど前に遡る形で掲示されていました。



何よりも始めに家系について話すことから始める、というのは、マオリ民族の人々にとっても自分のことを話す上でとても大切です。そのためマオリゲストのお二人はとても興味深々に萱野さんの説明を聞いていました。



次に、この資料館が今から10年以上前の2002年に国の重要有形民俗文化財に指定されていることが話されました。この資料館には萱野茂さんが私費を投じて買い戻し・買い集めを行ったアイヌの民具等が4000点収蔵されていますが、そのうち1121点が文化財指定を受けているそうです。



非常に豊かな所蔵資料を誇るこの資料館で、私たちは二風谷最古の着物を見ることができました。なんと140年以上も前の二風谷のアイヌ衣装をマオリゲストのお二人に見ていただくことができました。続いて資料館に展示してある様々なアイヌ民具を萱野館長の説明で丁寧に学びました。

二風谷の文様が入ったマタンプシ(はちまき)

アイヌの重要な保存食

萱野茂が実際に使った彫刻道具

資料館の二階は、世界中の先住民族の民具などが展示されていました。萱野茂さんが買い集めたものや、世界のあらゆる先住民から萱野さんへ贈られた品などがところ狭しと並んでいました。

二階には、萱野茂さんの書斎を再現したスペースもあり、マオリゲストのお二人はとても喜んで見学されていました。


資料館外のチセの中にて


引き続き、この日は二風谷の伝承の地ツアーを萱野さんの解説で行いました。